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重要文化財の新指定

2024.05.17

 令和6年5月17日(金曜日)に開催された国の文化審議会において、「旧大浜埼通航潮流信号所施設」を重要文化財に新規にするよう、文部科学大臣に対して答申されました。
 「旧大浜埼通航潮流信号所(通航信号塔、昼間潮流信号機、旗竿)」は、これまで広島県重要文化財に指定されていましたが、このたび国の重要文化財の指定に伴い、県の指定は解除されます。
 これにより、尾道市の国指定文化財件数は60件に、県指定文化財は78件になります。(尾道市重要文化財を含めた指定文化財件数は、変わらず375件です。)
 灯台及び信号所等が重要文化財に指定されるのは、広島県内で初めてとなります。また、旧因島市域での重要文化財指定も初めてとなります。


名 称  旧大浜埼通航潮流信号所施設
      通航信号塔
      昼間潮流信号機
      夜間潮流信号塔(大浜埼灯台)
       附・囲障(上段・下段)
      検潮器浪除塔
      附・旗竿
        石垣(上段・中段・下段)
員 数  1棟3基
区 分  重要文化財(建造物)
所有者  尾道市、国(財務省)、国(海上保安庁)
概 要  下記のとおり


【旧大浜埼通航潮流信号所施設】
旧大浜埼通航潮流信号所施設
(撮影:村上宏治)
 瀬戸内海の航路標識の近代化の中で、明治27年(1894)に大浜埼灯台が設置され、通航を助けていた。明治43年(1910)に通航信号塔と潮流信号機などが設置され、大浜埼通航潮流信号所が開設されたことに伴い、灯台機能を停止し、潮流信号塔へと転用された。
 昭和29年、航海技術の発達により、通航信号塔と潮流信号機が廃止されたが、潮流信号塔へ転用された大浜埼灯台は灯台業務が再開された。大浜埼灯台は昭和34年には自動化して無人運用が始まり、現在も稼動している。

・通航信号塔

 通航信号塔は木造平屋建、塔屋3基付で桁行九間、梁間二間の規模で内部も往時の状況をよくとどめている。外観は下見張りで、塔屋部は白で彩色され、海の青とマッチし、独特の景観を作り出している。使用されていた当時は、3つの塔屋には、それぞれ黒地に白色の記号(○、△、□)が表示され、船の往来方向等を示していた。
 一階内部は、海側から見張所、事務室、小使室、物置所が一列に配置されている。見張所、事務室、物置室の天井には、各塔に登るための開口が設けられ、それぞれの塔の内部には、夜間に信号灯を点すための円筒形の鉄造灯籠を設置する。昼間信号における記号の表示は、鉄索及び歯輪機等により見張所から柄子の操作で自在に行うことができる仕組みとなっていた。
 明治43年建築の現存唯一の木造通航信号塔である貴重なもので、保存状態もよく、特に内部には船舶通航信号機器がそのまま残っている点も高く評価できる。昭和59年に因島市(現尾道市)に払い下げられ、大浜埼灯台記念館として整備・活用されている。

・昼間潮流信号機
昼間潮流信号機
(撮影:渡邉義孝)
 昼間潮流信号機は、主柱は鉄造で、控柱とともにコンクリート基礎に建てられている。布刈瀬戸の潮流の方向を示すために設置された。腕木の両端に黒色長方形板と紅色円形板が取り付けられており、板の位置と腕木の角度により、潮流の方向と速さの変化を船舶に知らせていた。

・夜間潮流信号塔(大浜埼灯台)
夜間潮流信号塔(大浜埼灯台)
 夜間潮流信号塔(灯台)は、高さ9.3mで、石造の灯塔の上に鉄製の灯籠が載る。全体を白色塗装で仕上げる。海面から灯火までの高さは18.0m、明暗光白の光達距離は約22.2km(12海里)である。
 明治27年(1894)に三原瀬戸をぬける航路のために、8灯台が設置されたうちの一つである。明治43年の通航潮流信号所設置により、夜間潮流信号塔として転用され、信号所廃止後は灯台としての用途に戻り、現在も運用されている現役の灯台である。

・検潮器浪除塔
検潮器浪除塔
(撮影:渡邉義孝)
 検潮器浪除塔は海中より立ち上がる基礎部分が八角筒形のコンクリート造で、上部に円形の鉄造機械室を設置する。使用当時は機械室の中央に検潮器が据え付けられていた。陸上との往来には桟橋が設けられ、機械室への昇降用に鉄製のはしごを設置している。